◆懐メロ番組に導き出される、想い出



2006年07月08日(Sat)
◆懐メロ番組に導き出される、想い出
今日も体調はすこぶる良くない。昨晩っていうか今日未明も咳き込みで起きざるを得なかったほど。

んで、仕事終了後は、お出かけモードにはならず、いつものように自宅へ直行(つまんなぁ〜いっ)。

夕食後も、のんべんだらりと面白いと思う番組もないのにテレビを観る。これで、わくわくドキドキさせてくれる番組があれば、テレビ自体を買い換えるのにぃ。

ハイビジョンとかなんとかいったって、つまんない番組ばかりでは、暇つぶし的白黒テレビでもいいって感じ。だから、さすが白黒ではないが、カラーの古い受像機のまんまです。

そのテレビで「昭和のなんとか」という歌番組をやっていた。今晩の番組では、ほかに日本テレビ系しか興味を引かなかったので、時々、チャンネルを切り替えながらみていた。カラオケ代わりにね。

「昭和のなんとか」たって、俗にいう懐メロ番組ではあるが、それは表向きで、今回カムバックした森昌子さんのための餞(はなむけ)番組に感じた。


それよりも、その番組のバックの時代に少し触れることができ、当時の自分のことがぼんやりと蘇ってきた。

当時カムバックしたジャズに定評ある歌手が出てきたときには、私が東京生活していた頃、「あの時頷いていれば、この人のマネージャーをやっていたんだなぁ」なんて思いながら、カムバック曲の和製ポップスを聞いていた。

そう、当時行きつけの青山のスナックで「マネージャーをやらないか」というオファーをいただいた。綺麗な歌手でありそのオファーを魅力的に感じたが、、、

「俺はファッションデザイナー、ファッションクリエーターに、、」という目的があり、そして「マネージャー? 主役じゃないやん。担がれているだけでもいいから主役になるんだ」と、意気軒昂そのものだったので、マネージャーになることを断らせていただいた記憶が蘇る。

あっ、その時期はね、私がつきあっていた女の子が他の二人の女性(この二人も知っている女性)とトリオを組んで、シンガーとしてスカウトされデビューし、そのデビュー曲が、それなりにヒットしてた時なんだよね。

出演する番組を報告してきてくれていたんで、生意気にもダメ出しをしたりして。

結局、つきあっていた可愛い娘がいるトリオは、その一曲だけで、それ以降ヒットしなかったみたい。いつのまにか行方不明になっていった感じ。しばらくは捜してみたんだけど。


また、日本を代表する有名な某コーラスグループのメンバーと、そのスナックで、当時、流行してた漫画でディスカッションつーか話し込んだ時もあったっけ。


そんな時もあったなぁ〜。


そして、その青山のスナックも無くなっていた。


ママというか、私を応援していただいたバァ〜チャンの笑顔が言葉が、田舎に帰って長い今でも温かく感じ続けている。