Nice Meets Car

ishidasについて

2009年11月12日(Thu)▲ページの先頭へ
◆仏御前の滝でホンダビートに、道の駅九頭竜でモーガンに出逢う
昔から暴れ川と言われているという九頭竜川(福井県)。その上流の九頭竜峡沿いの国道158号線(福井県)を、越前大野から岐阜県白鳥へ向かう途中に仏御前の滝があり、ソコの駐車場にslk350(六代目1444)を入れた後、仏御前の滝への遊歩道を歩く前に目の前の九頭竜峡の水面に映る対岸の山の紅葉に眼を奪われてしまいました。

仏御前の滝の前の九頭竜峡の紅葉

そして、急な階段の遊歩道を歩いて10分という仏御前の滝を堪能した後、駐車場に戻ると、北陸ナンバーの赤いホンダビートが停まっていました。昔、このホンダビートも大好きだった。

仏御前の滝の駐車場のホンダビート

ご近所にも、ホンダマニアというかホンダビートを所有している人がいる。やはり、機械弄り、クルマ弄りが好きだといっておられた。


仏御前の滝の駐車場の赤いホンダビートに別れを告げて、九頭竜湖への途中に、大きな恐竜の親子をモニュメントにした「道の駅九頭竜」に入った。この恐竜の親子は、動くし吼える。そして子供の恐竜は、親の恐竜に甘えたような鳴き声も発する。

道の駅九頭竜の恐竜の親子

また、「道の駅九頭竜」の敷地には、「中部の駅百選」に認定されているJR九頭竜湖駅があり、「越美北線」の終着駅となっている。

その「道の駅九頭竜」でブラブラしていると、イギリスのスポーツカーであるブリティッシュグリーンの「モーガン」が、今にも駐車場から出ようとしていた。「左折しないで、右折してコッチに来てくれよ」と念じながら、デジカメを構えている私が、ソコに居た(笑)

モーガン

念力が通じたのか、上手い具合に右折してくれた。ドライバーは、心なしかシャッターを押す私に挨拶をしてくれたようでもあった。

今年は、日本に、こんなにモーガンがいたっけ的に、高速道路なども含みモーガンの走行シーンを眼にする機会が多い。それも新しいタイプではなく、古き良きモーガンに。

ただ悲しいかな、私は、目にするモーガンがブラス4なのかプラス8なのかを区別できないでいるが、今でも、時々増し締めが必要という木製フレームを採用し続けていることは知っている。

モーガンのトランクフードに、古いトランクを乗っけて、日向ぼっこをしながらのごとくユックリと走りたいという気持ちは今でもあるが、スピードも好きな私には、まだまだ実現出来そうに無く、夢のままで終わるかと思う。


2009年10月28日(Wed)▲ページの先頭へ
◆11日佐久でロータスエリーゼに、18日ロータスエキシージに岐阜県和良で出会う
昔、確かサーキットの狼という漫画がヒットし、スーパーカーブームを巻き起こしていた時、サーキットの狼の主人公が乗っていたクルマがロータスであり、めちゃめちゃ平べったく低いロータスヨーロッパだったかとも。

ロータスエリート、ロータスエラン、ロータスヨーロッパ、、、などなど、私がメンテに詳しければ、今でも乗ってみたいライトウェイトスポーツカーばかりである。

数年前に、石川県だったかでのクラシックカーミーティングを観に行った際、ボルボ旧V70(四代目1444)を駐車した横に、ロータスエリーゼが停まっていた関係から言葉を交わし、その際に「ロータスに乗りなよ」と誘われたことがある。

ロータスのエキゾースト音はバリバリバリッと凄まじいため、遠くからでも「あっ、アソコの息子が出かける」とか「帰ってきた」ということが、ご近所にすぐにわかってしまうという。そのため、深夜などには、気が引けて帰宅しにくいとも(笑)

ロータスエリーゼを斜め前から

そのロータス・エリーゼに、11日軽井沢へいく途中の長野県上信越自動車道佐久パーキングエリア(上り)で逢った。多分、初期に近いエリーゼかと思われる。関東のナンバーだった。

ロータスエリーゼを後方から

ロータスエリーゼは、エアコンやカーオーディオ、パワーステアリング・パワーウインドウなどの装備が無く、ある意味、昔のクルマ然としたことにより軽量を達成し、ストイックなまでに走ることに特化しているようだ。


そして、10月18日には、宿泊した道の駅「飛騨金山ぬくもりの里温泉かれん」から、岐阜県郡上八幡へ行く途中に、ゲリラ豪雨と雹(ヒョウ)に襲われ、昼食がてら避難した岐阜県和良(わら)道の駅の駐車場で、ロータス・エキシージに逢った。

ロータス・エキシージ

最初に見つけた軽四キャンパーが、「なんかわからないが赤いスポーツカーがいる。ひょっとしたらカスタムカーかもしれない」と、私に教えてくれたので、早速、建物の裏のほうに見に行くとロータス・エキシージだったのである。

ロータス・エキシージは、ロータスの2ドア・2シーターのスポーツカーであり、ロータス・エリーゼのクーペタイプである。そして、600〜700台あたりの数量限定で生産されたようにも聞く。


愉しいっ


※クルマの情報に間違いがあるかもしれませんが、なにしろ急加速アルツが進行していますんで、その辺りを突っ込まないでくださいませマセ(汗)・・・・・お目こぼしをーー


2009年10月20日(Tue)▲ページの先頭へ
◆良ィ爺ィライダーのハーレーのサイドカーに出会う(岐阜県飛騨金山)
ひょんな事から、道の駅「飛騨金山ぬくもりの里温泉かれん」に宿泊することになった翌日は、馬瀬川(まぜがわ)の流れる音を大雨と勘違いしてしまったが、空はキレイに晴れてくれた。

朝食後、「飛騨金山ぬくもりの里温泉かれん」の駐車場で車中泊をしている友人夫婦を起しに駐車場に出ると、駐車場にはハーレーのサイドカーが停まっていた。

ハーレーサイドカー

早速「写真を撮らせてもらっていいですか」と声を掛けて撮らせていただく。聞けば、1400ccとのこと。写真を撮っていると、風防に「紅葉マークと良ィ爺ィライダー」と書かれたステッカーが目に付いた。

風防の紅葉マーク付き良ィ爺ィライダー

「イージーライダーですか」というと、恰幅の良い持ち主は、(すぐにシャレをわかってくれたな)という感じでニコニコしながら、いろいろ話をしていただいた。そして、「紅葉マークが付いてるというと、今お幾つ位ですか?」と、さらに突っ込む(^ ^)

「紅葉マークまで、もう少しあります」というニコニコした返事がきた。それらのやり取りの中、サイドカーに乗っておられる奥さんも微笑んでおられた。

ほとんど日本全国を走っておられるとのこと。スゲェなぁと思いながら、私も日本全国を走りたくなった。


車種を問わなければ、私は今まで、九州と本州の岡山より九州側、沖縄、佐渡以外は、北海道二回も含め、ほとんどの県を走ってきているが、ベンツslk350(六代目1444)だけに絞ると、信州、関東、北陸、関西、四国くらいの地域しか走っていない。

車種不問ではなくベンツslk350だけで、全国走破ができればいいという願望を持っています。もちろん、滝撮り物語をやりながら(笑)


2009年10月14日(Wed)▲ページの先頭へ
◆トレーラーハウスとキャンピングカーとポルシェと(白樺湖駐車場)
大きな大きなキャンピングカーに出会いました。キャンピングカーというより、トレーラーハウスです。白樺湖の花馬車の拠点ともなっている無料駐車場でノンビリされていました。

ちゃっかりベンツslkを近づけて、白樺湖を間に記念写真

ちゃっかりベンツslk350(六代目1444)を横付けて、白樺湖を挟んで記念写真なんぞを撮っちゃいました、アハハ。

このトレーラーハウスは、横のキャンピングカーでけん引きしてきたのか、まさかキャンピングカーの前に横付けしているポルシェカレラで?ちなみに、キャンピングカーとポルシェカレラのナンバーの地域は、違っていました。どちらも関西で隣同士の県でしたが。

トレーラーハウスとキャンピングカーとポルシェ

こんなに大きくてもキャンピングカーだから普通免許でいいのかなとか、やっぱ大きいから牽引免許が必要なのかなとか、なんとか普通と大型免許しか持っていない私は、いろいろ考えてしまいます。

これくらいの大きさのトレーラーになると、運転が難しいんですよ。昔、ほんとのトレーラーを、土手の上で少しだけ運転をさせてもらったことがありますが、ある意味遊びでありながら「前進だけだぞ。バックはするな」と制限されましたぁ。素人には、バックは難しものですから。

それに下り坂も危ないッス。特に下り坂のカーブが。曲がりきれないでジャックナイフになり事故っているというニュースも見ますし。

でも、このトレーラーハウスは自力で走るように運転席などもあったかな?それだったら、トレーラーハウスではなくて、キャンピングカーの大きいの的になってしまいますが。正直、そこまで確認しませんでした(汗)


どちらにしても、運転もさることながら、こんな大きいのでは、日本の狭い道は走りにくいだろうに、、、行くところも限られてしまうだろうに、、、と思うと、もし貧乏根性の私が、オートキャンプを気取るならハイエースタイプの1ボックスあたりにしてしまうだろうと。

友達は、マイクロバスを改造してキャンピングカーにしていますが、それだって大きいと思いますもん(笑)


2009年10月03日(Sat)▲ページの先頭へ
◆ビーナスライン「女の神展望台」でポルシェボクスターSと逢う(長野県)
以前、エンジン警告灯が点いて焦ってしまった蓼科湖の駐車場を過ぎても、今回は、ベンツslk350(六代目1444)のエンジン警告灯は点灯しなくてホッとした。

もっとも、六代目1444のエンジン警告灯は、点灯しても大事にいたらず、いつか必ず?消えてくれるという認識になってしまっている。なぜなら、エンジン警告灯が点灯する原因は、外気温センサーが異常をきたしているときだと思っている。エンジン警告灯が点灯しない時は、外気温センサーも正常に測定しているようだから。

お盆に徳島の阿波踊りに行った時も点灯したし、東京出張時にも点灯したが、現在消えている。その原因を確定させようと、ディーラーのヤナセのサービスに電話してみたが、たまたま経験の少ないメカニックだったのか、よくわからない返事しか返ってこなかった。

今度、オイル交換などでヤナセに行った際にでも、外気温センサーの取り付け位置などを確認してもらおうかと思っている。車体のどこかの熱を外気温センサーが拾ってしまうのだろう。


んで、蓼科湖でコンナことがあったという想いに浸りながらビーナスラインを走り、蓼科湖から数キロ上の「しもさか」という蕎麦屋さんで蕎麦とそばがきを食べて、白樺湖に向かう。

ビーナスライン「女の神展望台」より、南アルプスを望む

白樺湖への途中に開けた広場があり、慌ててその未舗装の広場というか駐車場に入れる。車10台分ほど停められる「女の神展望台」であり、たまたまベンツslk350の横がポルシェボクスターSになった。

女の神展望台からは、南アルプスそして中央アルプスまで見渡すことが出来、そして森の中にピンホールのように湖が見え、なかなか素晴らしい景色となっているが、私の心は、半分、関西ナンバー「1111」のポルシェボクスターSにいっている。

ビーナスライン「女の神展望台」で、ポルシェボクスターSと逢う

ポルシェボクスターSは、ベンツslk350を購入するときに比較検討した車種である。改めて、私好みだけで比較してみよう(笑)

シートの後のロールバーの形状はボクスターSのほうが纏められていると思う。ボディーのスタイリングも、ボクスターSのほうが速そうで精悍な感じを受け、その面から見ると、ベンツslk350は乗用車に近い感じになってくるが、上品さとか品格は、ベンツslk350のほうに感じてしまう。


そして、車種の選択において譲れないものがあった。

オープンというのは大前提であるが、まず「スタイリングで、どんな車種かがすぐに判断できること」である。

ポルシェにしてもBMWにしても、少し離れて前からみると、ポルシェなら、その車種がカレラなのかボクスターなのかポルシェグループのドレなのかが直ぐに判断しにくいし、BMWにしても、Z4なのか1シリーズか7シリーズなど、同じようなことがいえる。

ポルシェやBMWは、各シリーズを超えてフロントデザインのアイデンティティが多少の違いこそあれ似た様な感じなので、サイドに回ってみないと、どのシリーズなのかが瞬時に判断しにくい感じがある。ベンツにしてもそうだ。SLという2シーターオープンも、他のベンツとフロントデザインが似ている。

その中で、唯一現行SLKだけが、SLKというアイデンティティをノーズに持っている。走ってくるのを前からみると、すぐにSLKとわかる。似たようなデザインといえば、ベンツ全車種の中で最高価格のSLRマクラーレンだけだ。

オープンならオープンだけのノーズデザインを求めてしまうのである。

来年か再来年あたりに、SLKがモデルチェンジするという噂もあり、その時のフロントデザインは、現行のSLに似てくるというので、尚更、現行SLKがSLKだけのフロントデザインとなるので、ある意味嬉しい。


んなことと、これもSLKにした大きな要因だが、購入時に、ルーフがメタルというのは、このSLKだけだった。

やはり幌は、手入れとコンディションの維持が大変そうで、青空駐車で面倒臭がりの私には、普通のクルマと同じような手入れだけで済むメタルトップが大変嬉しいのである。つい最近BMW Z4もようやくメタルトップになったということだが。

そんなわけで、このように二台並べてみても、ボクスターやZ4も運転してみたいけど、私にとって、日常の足を、遊び道具を、当然日和見エコ贔屓100%であるが、ベンツslk350にして良かったと笑みを浮かべている。


2009年09月24日(Thu)▲ページの先頭へ
◆白樺湖でタイムスリップ「1973年初代シビック」と逢う
白樺湖畔の立ち寄り温泉施設「すずらんの湯」の駐車場と白樺湖の無料駐車場とが繋がる広いスペースに、全国各地から来た沢山の観光客などがそれぞれのクルマを停め、釣りなどの遊びや休憩に利用されている人気スポットのようです。

その駐車場の一角で、白樺湖畔を周る馬車が営業しており、21日朝、その営業準備を見ていたら、古く懐かしいシビックが駐車場に入ってきて、ベンツslk350(六代目1444)の近くに駐車された。

1973年初代シビック

即、シビックの持ち主に近寄り年代を確認する。48年つまり1973年とのことで、初代シビックとなる。36年も前のクルマが健在なので、やはり嬉しい。

昨日、女神湖でシビックのミーティングがあり、10数台集まったそうだ。前回は、もっと沢山の台数が集まったとのこと。関東から家族4人を乗せて白樺湖畔まで元気にやってきている、凄い。


シビックは、1972年から販売が開始されており、発売当初から今まで絶大な人気を保っているクルマである。36年も経過しているクルマだから、コンディションの維持も大変だろうし、私のようなメカ音痴には、到底維持できやしないだろうということは容易に推定できる。

現役を維持するには、やはり自分で弄ることができなければならないだろう。そういえば、ご近所にホンダビートを所有する人がいるが、しょっちゅうガレージで、楽しそうに弄っている姿をみかける。

白いシビックは、白樺湖畔に遊ぶ人々から「おっ、初代シビックだっ、スゲェなぁ〜」と注目を浴びていた。

いつまでもお元気で


2009年05月28日(Thu)▲ページの先頭へ
◆マセラティかジャガーか、それとも・・・・・
一生懸命、頭をねじりん棒のように捻じ切れるほど絞っても、今、銀座の駐車場に入ろうとしている青い車の車種名がわからないんですぅ〜



初め見たときは、コーンズ・アンド・カンパニーが日本総輸入代理店となっているマセラティのクーペだろうなとも思ったんですが、フロントグリルに付けられている筈の「マセラティ三兄弟の結束を表すネプチューンの持つ三叉の銛・トライデント」が見当たらないし、その部分がナンバープレートで覆われてしまっている。

ボンネットのエンブレムもボヤケて不明だし、だいたいマセラティのクルマのボンネットにエンブレムが付けられたのがあったっけ?と勉強不足かも、、と思ったり。

そんでジャガーのクーペかなとも思ったのですが、良く似てはいるけどドコかが違うような感じもあるしぃ〜

どのような車種にしても、一型、二型古いタイプなのかなぁ〜とも

それとも、国産なのかなぁ〜とも思ってみたり(汗)


たまたま、このクルマは駐車場に入ろうとしているから別だけど、銀座の中央通りでは、夕方頃からプライベート展示会を開いているのを、今だによく見かけますよ(笑)

フェラーリとかランボルギーニとかポルシェとかエリーゼとかとかのピカピカに磨かれた、俗にスーパーカーと呼ばれるクルマを路肩に停め、おめかしファッションで「これオレのクルマだよ」と自慢げ的に通行人にそれとなくアピールしているような・・・当然、ほとんどが都内のナンバーではなく、東京都近郊の地名のナンバーですけどね(笑)

そのようなのが目に入るたびに、私の好みじゃないけどいいクルマに乗っている人達に「ガンバッテくださいね」と心の中で・・・・・ナニを頑張ってと言っているのか、心の中で言っている私にもわかりませんが(アセ)


2006年04月13日(Thu)▲ページの先頭へ
◆スパルタンな「ロータス340R」を羨む
ハマーの時に書いた素敵快適ドットコムの年末年始イベント「縁起物プレゼント」のプレゼント期間を3月初旬頃までに延長することにし、また年末に用意した縁起物300個が無くなってきたので、追加分の500個にご祈祷していただきに、京都の伏見稲荷大社へ行った帰りだった。

京都の蹴上あたりでアメリカンコミックやSFに出てきそうな車に追い抜かれた。

まず車種が知りたいっ!と追いかけた。

ボディには、エンブレムなどが見当たらない。

横に並んだり後ろについたりして走行するうちに、運転しながらデジカメをバッグから取り出し、窓から手を出してなんとか写真におさめることができた。

その車は、ロータス340Rであった。

昔、サーキットの狼とかいう漫画で、主人公が確かロータスヨーロッパに乗っていたような記憶がある。凄く平べったいシルエットだったが、この340Rとは、全然次元が違う。

ロータス340Rは、めっちゃスパルタンに仕上げられたモデルで、ドアはなくバスタブに入って運転しているようなもんである。とにかくスッゴイっ!その一言に尽きる。外車国産を問わず、セダンやワゴンなどに比べ、走りだけを愉しむという贅沢でストイックな車だ。

今まで、ケッターハムスーパー7などに乗りたいと想い続けながらも、現実的に来年あたり「とりあえずオープンカーに乗ろう」と決めている私の軟弱さを思い知らされた瞬間であった(汗)

ロータス340Rは、山科あたりで幹線道路から外れ姿は見えなくなった。



・ロータス340R
 2006年1月22日 京都蹴上〜山科付近で

・ロータスオフィシャルサイト:http://www.lotus-cars.jp/
・カービュークルマカタログ:
http://catalogue.carview.co.jp/LOTUS/340R/latest/overview.asp


※この記事は、娘が新一年生全員で、乗鞍へ勉強合宿に行った2006年4月13日に掲載いたしました。高校に入ってすぐ合宿だなんて、ほんま予備校化している感じ(^ ^)


2006年04月12日(Wed)▲ページの先頭へ
◆平和ボケの日本に、ハマーが喝っ
河川の水面を泡立たせながらジャングルの奥へと走るパワーを持つ「ハマー」。それは、アメリカ軍の軍用車として設計されたから当然か。

平和ボケの日本で、そのハマーに出会った。やはり迫力がある。

逸品専門店「素敵快適ドットコム」の恒例?となったイベント「年末年始の縁起物プレゼント」のプレゼント用縁起物に、京都の伏見稲荷大社でご祈祷していただいてきた帰りだった。

雪のため、北陸自動車道の木之本ICから武生ICまで通行止めになってしまい、一般道からようやく武生ICで高速に乗ることができ、近くのSAに入った時だった。

オーナーの奥さんに撮影許可を得る。
オーナーは、昔の自分のような痩せ型で、決してハマーに乗るようなタイプには見えなかったが、マニアックな面もあるかな、、、と。

小さなお子様二人を連れ、ハマーでファミリードライブってところかな。



▼MEMO
 ・ハマーオフィシャルサイト:
http://www.hummer.co.jp/


※この記事は、富山の桜の開花宣言が出された2006年4月12日に掲載いたしました。


2006年04月08日(Sat)▲ページの先頭へ
◆伝説の名車スカイライン2000GT-Rが・・・
富山県氷見市、そう新鮮な魚、特に寒鰤で有名な町だ。

いいお天気の日に、海沿いの道路をチャリで走りたくなったので、四代目1444にチャリを積んで氷見に向かった。

国道沿いの小さな公園の駐車場に車を停め、チャリを降ろし組み立てて石川県方面に向かったり、氷見市街地に向かったりしていた。

氷見の市街地の入り口あたりのところの道路沿いに何台か車が停まっていて、その一台があの名車の誉れ高い「スカイライン2000GT-R」がいた。伝説のようになっている車だ。

スカイライン2000GTRは運転したことはないが、昔、助手席には乗せてもらったことがある。その持ち主は、起業のための資金にするために、泣く泣くスカイライン2000GT-Rを手放したことを覚えている。

そしてイシは、最近発売されたミニカーシリーズで購入した。

でも、このミニカーシリーズは、最初の2台ばかし買っただけで、その後は購入していないが。

この石川ナンバーのGT-Rの後ろに、その後のモデル「ケンメリ」も停まっていた



・スカイライン2000GTR
 2005年11月13日富山県氷見市にて


※この記事は、城島もイチローもヒットを打たなくて、マリナーズが負けた2006年4月8日に掲載いたしました。


◆ナンバーで愉しむアルファロメオ147(名神高速道:京都付近)
倉敷からの帰路、名神高速道:京都南〜京都東間が故障車のために一車線規制となったことによる渋滞中に、四代目1444の前にいた、関東地方のN市ナンバーのアルファロメオ147である。

アルファロメオ156も含めて、アルファロメオ所有者は、車のモデルナンバーをそのまま車両番号として登録して楽しんでいるものが多くみられます。

ちなみに、四代目1444の後の車は「ボルボS60」でした。


・アルファロメオ147
 2005年8月17日名神高速道:京都南〜京都東間にて

・関連サイト:
 オフィシャルサイト:
http://www.alfaromeo-jp.com/


※この記事は、2006年3月29日に掲載いたしました


◆ポルシェ ボクスターSには、当選しなかった
讃岐うどんで有名な山田家のおいしい「釜ぶっかけうどん」を食べた後、四代目1444に戻るため、広い駐車場をぶらぶら帰ってくると、ポルシェボクスターSが停まっているのが見えた。本土のH県ナンバーだった。

このポルシェボクスターSは、以前某ドリンク剤のキャンペーンでプレゼントの賞品となっていたことがあり、イシは「ボクスターより911、911カレラのほうが好きなんだけど、、」と思いながら応募したことがある。当然、当選していないし、誰が当たったかも不明のままである(笑)


・ポルシェ ボクスターS

 2005年8月16日 香川県木田郡牟礼町大字牟礼3186:うどん本陣「山田家」駐車場にて

・ポルシェオフィシャルサイト

http://content4.eu.porsche.com/prod/jpn_boxster/boxsters.nsf/jpnja
panese/highlightsintro


・うどん本陣「山田家」:http://www.yamada-ya.com/

※この記事は、2006年3月27日に掲載いたしました


◆夢の乗り物セグウェイ<ジンジャー>が、オモチャに・・・
【イシダス】セグウェイ<ジンジャー>国道113号線の道の駅「いいで(飯豊)」で、横にトヨタMR-Sが停まっていたとき、四代目1444の前では、セグウェイの体験乗車のイベントが始まった。

夢の乗り物」「未来の乗り物」と華々しくデビューしたものだが、 日本では「公道での走行ままならず」で、一挙にオモチャに成り下がってしまった。アメリカでは、通勤に使われている場合が多いというのに。

「体験乗車は、一回100円」 との看板が掲げられており、係員とセグウェイについて話していたときに乗車も勧められたが、乗る気にはなれなかった。

だってさ、ボーと突っ立っているだけだよ。乗るテクニックは、いらないんだよ。つまんねぇじゃん。どうせ乗るなら、これでバク転できるとかさ、「おっ、すげぇじゃん」と言われたいもの(笑)

ちなみに、この道の駅でも関心を示している人が誰も無く、賑わっている道の駅の中の中央のここの部分だけが閑散としていた。多分セグウェイという言葉すら知らないんじゃないかな?

・セグウェイ<ジンジャー>

2005年5月5日
山形県西置賜郡飯豊町・国道113号線道の駅「いいで(飯豊)」

・関連サイト:
http://www.segway.com/
       http://ginger.ore.to/


※この記事は、飲み疲れかボーとしている2006年3月25日に掲載いたしました。


◆トヨタ MR-Sは、大人のカーデザイン(山形県西置賜郡飯豊町・国道113号線)
【イシダス】トヨタMR-S国道113号線の道の駅「いいで(飯豊)」で、米沢ラーメンを食べ地元で獲れたイチゴと、樹齢300年の黒檀で作られたという箸を買って四代目1444に戻ってきたら横に停まっていたイモアールツー、ちゃうMR-2の後継のMR-Sです。

ミッドシップエンジンとしては、世界で一番作られている車ですが、やはり、なかなかお目にかかれません。前のMR-2に比べて大人のカーデザインになっているっていうかカッコヨクなっていますね。

室内を覗いてみましたが、なかなかストイックな感じを受けてしまい好感が持てました。オーナーが近くにいれば、少し話をお伺いしてみたかったのですが、、、。

・トヨタMR-S
 2005年5月5日
 山形県西置賜郡飯豊町・国道113号線道の駅「いいで(飯豊)」
 土浦ナンバー
 オフィシャルサイト:
http://toyota.jp/Showroom/All_toyota_lineup/Mr-s/index.html


※この記事は、娘がこ入学する高校の入学説明会当日2006年3月24日に掲載いたしました。


◆メルセデスベンツ314レインボースターを追う (山形県米沢市)
【イシダス】メルセデスベンツ314レインボースター5日、山形県米沢市の東光の酒蔵を見学し帰路についた時、上杉神社の駐車場から四代目1444の前に入ってきたメルセデスベンツ314レインボースターというキャンピングカーです。

日本製のワンボックスより大きく、クロネコヤマトの集配車のイメージを持ってしまいました。

なんか古そうな感じがあるので、多分'95年前後の年式だと思われ、ベッドなどは電動でセッティングされるようなので興味があり、何処かに停まることを祈りつつ、脇道へ入っても数km追いかけてみましたが、停まる気配もないのであきらめました。

ちなみに、この画像の下部に写っているのは四代目1444のボンネットです。


・メルセデスベンツ314レインボースター
 2005年5月5日
 山形県米沢市・山形ナンバー


※この記事は、娘が入学する高校の入学説明会当日2006年3月24日に掲載いたしました。


リムジンはウナギの寝床?(山形県米沢市)
【イシダス】リンカーン リムジン:サイドから
米沢牛を食べる目的で行った米沢市では、ホテルは全然予約していなかった。東京第一ホテル米沢へ飛び込むことにして四代目1444を走らせた。ホテルに着くとエントランスにいる白いリムジンが、まず四代目1444つーかイシを迎えてくれた。
【イシダス】リンカーン リムジン:斜め前から有名人でも来ているのかな?とも思ったが、それはどうでもいい。リムジンのインテリアがどうなっているのかが気になってしまう(笑)

フロントでチェックイン時にリムジンのことを話題にしてみると、「ブライダルのイベントの催しで借りてきた」とのことだった。リンカーンのリムジンで、全長8mあり練馬ナンバーだった。

夜リムジンの傍を通った時、その近くにホテルマンらしき人が二人いたので、リムジンの内部の撮影許可を貰った。

後部ドアを開けて乗り込む。ウナギの寝床が眼に飛び込んできた。フロントシートと内部は、もちろん仕切られていた。右側にはテレビとバーセット一式。そして左側はロングソファーとなっていて、各々シートベルトが用意されていた。ここに掲載している写真は、後部座席から撮ったものだ。

リムジンを所有するって大富豪をイメージさせてしまうが、内部を見た後ではセコイ成金の持ち物じゃないかなぁ〜って思えてきた。少なくとも日本では(笑)
【イシダス】リンカーン リムジン内部右側
 ・道路事情等により、ロングドライブはまず出来ないと思う。
 ・ダックスフント的胴長では、少しの段差でも腹をこすってしまうし。
 ・ヘリコプターやセスナー、ジェットもしくは駅などへ、ゲストの送迎くらいしか使い道が無いのではないか?オートキャンプも出来ないし(爆)
 ・片側がバーセットになっているため、後部座席を除いて、人は護送車内の囚人のように、進行方向に横一列でのらなきゃならない。各々シートベルトをしてネ。車座になれないし。
 ・送迎とか短距離なのに、その間も飲まなきゃいけないものなのか?着いてから、ゆっくり飲めばいいのにぃ。

少なくとも、バーセットを仕切りのところに車幅程度に付け、その後方部分はコの字型ソファーにでもすれば、より楽しくなると思う。
【イシダス】リンカーン リムジン内部左側、、、などなどを思ってしまい、貧乏人イシには所有するメリットが見出せない。

確かに、周りに対する威圧感はある。ゲストの送迎、イベント用、それだけしか無いとも思えてしまう。

そのリムジンと同じくらいの全長を持つ友人のマイクロバスを改造したキャンピングカーでは、威圧感、ステータスは、所有者に似て全然無い(爆)が、楽しさは何倍もあるし、腹は擦りにくいので何処へも行ける。車座になって話も弾む。海に沈む夕日を見ながらグラスを傾けることも出来る(笑)


・リンカーン リムジン

・8年というところから、平成8年型?それとも1998年型?
・2005年5月4日山形県米沢市


※この記事は、2006年3月23日に掲載いたしました


ベンツはベンツ、腐っても鯛
【イシダス】福井県大野市の廃車ベンツ福井県大野市へ観光に行った時、車を停めて「さぁ〜、これから観光だ」と歩き出してすぐ、月極め駐車場で遭遇したベンツの廃車です。

ナンバープレートは外され、 レカロのシートの名残りはみられるのですが、部品取りをしたのか内部は見苦しいほどに散乱していました。こんなになってても「腐っても鯛」なのか風格が感じられます。なので、ベンツの名誉?のため、散乱している内部は撮影しませんでした(笑)

そのベンツの後ろの家も凄い荒れようで廃屋なのかな?と思わされました。でも、このベンツの背景としては、妙にマッチしてますねぇ。

右は、そのベンツのボンネットに付けられていたエンブレムです。

でも、なぜ廃車のまま置きっ放しなのだろう?
・まだ、部品取り中?
・廃車処理費用が無い?
・愛着がありすぎて、どんな状態であっても手元に置いておきたい?
・福井県大野市の観光の一つにしたい?
・・・・・・・・・・
・メルセデス ベンツ
・2005年5月1日福井県大野市

※この記事は、2006年3月22日に掲載いたしました。


第1回 オールボルボルボ オーナーズ ミーティング会場でボルボ360セダンに会う
【イシダス】ボルボ360GLEフロントより2004年11月20日、21日の両日、長野県松原高原にある小海リエックスホテルを会場に開催された「第1回オールボルボルボ オーナーズ ミーティング」に、栃木県から参加されたボルボで、今ではほとんど見かけることができなくなった360セダンです。

昼食をご一緒できたオーナーから、二年前に前オーナーに頼み込んで譲ってもらい、近所の優秀な修理屋さんというかコーチビルダーにレストアを依頼し、そしてレストア現場に通いつめたり、入手できないパーツの製作、とか何回にも及ぶテストラン、苦労話をお伺いすることが出来、このミーティングの前日のテストランで「これで栃木県からミーティング会場の長野県まで行けるだろう」と、なんとか間に合ったとのことでした。そして今、狙っている一台があるとも伺いました。
【イシダス】ボルボ360GLEリアより

こんな希少な車に出会え、偶然とはいえオーナーからエピソードを聞くことが出来るというのも、ミーティングの良さだと思いました。 そして、ドライブ途中で故障しても、すぐに自分で直せるほどにメカに詳しければ、自分も古い車を乗っていたいと思わせられる一台です。

・ボルボ360セダン
年式を聞いていたのですが、このページを作っている'05年5月現在では、忘れてしまいました。15年〜20年前???

※この記事は、2006年3月22日に掲載いたしました。


徳島県かずら橋村営駐車場で「日産シルビア」に会う
2004年8月15日に阿波のおっちゃん達と阿波踊りを踊った翌日、かずら橋へ行きました。その村営駐車場に、名車「日産シルビア」が停められていました。確か大阪ナンバーだったように記憶しています。

オーナーは、観光にいっているのか周りには見当たりませんでした。

この時代のシルビアといえば、昔々、泊めてもらった京都の山科に住んでいる設計士も愛車にしていたことを思い出します。

※この記事は、WBCでイチローをはじめとする日本チームが優勝した2006年3月21日に掲載いたしました。


   




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